novel

人の降る街
― prologue ―

些谷将臣

真っ暗い…夜の闇。降りしきる雨…。
天上から没落した街は、今日もまた青白い光を帯びたスモッグの上にある、空の涙に濡れていく…。

「あのさー、聞いた? …この間、柱の上からまた人が降ってきたんだってさ…」
「ふーん…」
「おおかた、高層市民の奴等の仕業でしょ?」
「…きっとね」

「で? 降ってきたのは?」
「中層市民だってさ…」
「あーあー。やだね。あいつ等の頭ん中かち割って見てみてーよ、なに考えてんだよ まったく」
「実際エグイと思うよ? 中に入ってるモノも…記録されてるコトもさ」

「つーか、俺は かち割って見たいって奴の考えてるコトの方がエグイと思うけど」
「あ。言えてるそれ〜。…けど、ま、どーせ俺たち下層市民ってそんなもんだからね〜」
「まともなこと言ったって馬鹿にされるだけだしねー」
「そーそー…」

そして、今日もまた誰かが言っていた…。



この街のスモッグが青白く光を帯びるのは、その上にある船の街の光を受けているからだ。
おかげで下層にあたるここは、昼間でも薄暗く…何もかもが冷たい青色に浮かび上がる。
そんな世界で生きている人間の言うことだって、ろくなものではない。
たいていは冷めていて、時には汚い。
けれど俺は、三層に隔てられた民の中で自分達が一番まともだと思っている。

高層市民は上流階級のコテコテ軍団。欲の塊。金のためなら いかなる手段もいかなる者も犠牲にするキレた奴等。
中層市民はそれを見て見ぬフリをして、日々上の連中の顔色を見て過ごす事なかれ主義のろくでなし。
下層市民は金では変えないものを重んじて、気にくわないことは見過ごせない…。
馬鹿で自己中、それでいて他人を大切にできる、極まった偽善者集団だ。
…つまり俺たちがそう。

自分で言ってりゃ世話がなくていいと誰かに言われた事がるが。はたしてそれはどうかと思うあたり…。
それだけ俺たちは馬鹿なんだ。
おかげでこんな、ジメジメした場所でしか生きられない。
言いたいことばかり言って、突き落とされて。こんな所で今さら何を叫んでも…微々たる変革すら起こせない。
結局は奴等の思う壺だったのだと、気づいた頃にはもう多くの人間が腐り果てている。
理想を語っても夢で終わらせる…。可能性はあると分かっていても、目を向けようとはしない。
それでも一番まともだなんて言えるのは…。つまり、この世界の全てが腐っているからだ。

影も形もないプライド。
強さとは何なのかと…しきりに答えを探していたあの頃は、いつのことだったか…。
闇の中にいて、はじめて光は見えるのだと…思っていたこともあったが。
闇の中にいて、闇に染まってしまっては…光を見るための視力すら奪われてしまう。

けれど…。
以外にも、光が目に見えるものとは限らない。



…以前、夜中に一人の男が闇に紛れるような身なりで俺のもとを訪れ、一夜の宿をとらせてほしいと言って笑ったが…、
この時もそうだった…。
俺には見えていなかった。
けれどもそれは、俺に見る力がなかったせいではなくて、
どう見たって後の指導者になる人間とは思えなかった…あいつ自身に問題があったのだ。

「神とはいかなるものか…」
その時、俺は下層市民の合言葉にもなっている、故人の格言の冒頭から会話を切り出した。
『人とは決して触れ合わぬもの。触れた人間は必ず自らを選ばれし者と過信し、自惚れるからだ…』
そして、この世のあらゆるものを敵に回す。これがその答えであった。
だかあの男は知ってか知らずか、こう言ったのだ。

「…神とは…以外にも自分に都合よく出来ていてね。誰しも理想の神を造り備えている」

人が神を造るだと?
俺はもちろん批判の体制に入って聞き返したが、あいつはまたも可笑しな笑みを浮かべて返してきたのだ。

「上層市民の崇拝する神…アレを貴方は神だと言える?」

そして俺は言葉を失い、いつしかあいつを招き入れていた…。



「そういえばさ。あの人、すぐ現場に駆けつけたって言うけど…また何かたくらんでるのかねー」
「変革を起こそうって話? マジで言ってんのかな。信じられる?」
「あー。どうだろ。…でも俺は少なくとも参加しようかと思ってんだけど」
「え…マジ?…」

雨の降りしきる中…今日もあいつの行動が誰かの噂話になっている。

「だってあの人 変なんだもん。いいことしてるんだけど…やり方えげつないカンジ…」
「そう言えば、この間…上層警視官 殺っちゃったって聞いたけど?」
「だってあれ、あの人の相棒 危なかったからでしょ? 人質に取られてキレたってゆーじゃん」
「え…マジ?…」

その話の中に、カッコ悪い俺の存在が仲間に加わわりはじめて…どれくらい経つか…。

あの頃 見えなかった光は、今 確実に俺の視界を照らしている。
大切なもののためには、自らの手をも汚す…。そんなあいつの光。
この街の人間は、それを「綺麗だ」と言う。そして導かれていく…。
そして、そんな連中の一人である俺は、神とは自分に都合よく出来ていると言ったあいつの言葉が、今なら分かる気がしていた。

神とは全能であり…尊敬できる存在。
だが、逆に言ってみれば…自分にとっての尊敬に値しないものは神とは呼べない…。
事実…なんて都合のいい話だろうかと思う。
だが、あいつは決して神の存在を否定する意でそれを唱えたわけではない。
俺は思う…。

あいつは…決して人と触れ合うことのない存在に手を伸ばし、追い求めているのだ。
この世のあらゆるものを敵に回しても、手に入れなければならないものがあるから…。
この世界を変える力を…。

そして、そんなあいつのことを、俺は支えて生きていく。
冷たい街で腐っていた自分に光をくれた…あの言葉と、そのの温もりを失わないために…。
夢を…失わないために。世界を…変えるために。変革を成し遂げるために。

「欲しいものってある? きっと手に入れて見せるから…君の力を貸して欲しいんだ…」

そう言って笑った…、
紛れもない俺の光であるあいつを…失わないために…。





青い世界で今日もあいつは天を睨む。
いつの日か神と触れ合う頃には、血色に染まり果てているだろうその手で…
戦いが終われば、そんな力は脅威でしかないというやも知れない人間達と手を取り合って。

『サァ―――――――――――――』 

人の降る街が天の涙に濡れる。
…それは、俺の中の神が「あいつ」と言う一人の人間の犠牲によって、
この世界が変わることを知っていて…流す涙に違いない…。



END


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