novel

人の降る街
― Angel Syndrome ―

些谷将臣


-Inside-


わたしのことが 見えますか?
わたしの声が 聞こえますか?

街角で羽の抜けた天使を見かけた 一人の青年のお話…ご存知ですか?

これは、現代社会に広がっている現象のほんの一角。

今、理想都市計画において発展してきた ここ…シャングリラでは、
とある思い込みによる精神病に犯される人が続出していて、密かな社会問題になっているんです。
専門家達はそれを、十分な愛を得られないと感じた人間が
理想の恋愛を求めるあまりに 自分の中に架空の恋人を作り、見ているのだと分析しているそうです。

ある日 青年は街角で怪しい男に
「翼を失いかけて泣いている天使をみかけたら 目を背けろ。そして逃げるんだ…」と言われました。
 
彼は何の事だろうと思いましたが、気には留めずにおりました。
 
けれど、その日のうちの事です。 偶然にも街角で そんな天使を見つけてしまいました。
そして、「この事か」と思った彼でしたが、あまりにも可愛らしい少女の姿をした その天使。しかも泣いている。
彼は 目を背ける事が出来ませんでした…。

「助けて…助けて…」と、周りを行きかう人達に必死に話しかけている天使。
彼女の姿は 青年以外の人間には 見えていない様子でした。
 
彼は彼女を連れて帰り、空に帰れないと泣く彼女をなぐさめ、やがて恋をします。
しかし そこに例の男が再び現れ
「今ならまだ間に合う」と言って、彼女の甦生を持ちかけますが…
彼も彼女もそれを拒みました。
 
甦生すると、また神に仕えるだけの愛を知らない存在になってしまうからです…。
 
天使とはそもそも、愛するという事を初めとする
『感情』というものを持ち合わせていないもの。
なぜなら、誰かを愛すれば、そうする事によって嫉妬心やら争いも起き、
万人に対し、平等に接する事が出来なくなってしまうから…。

彼と出会う前の彼女はある日、街を行く 仲むつまじい恋人達を見ていて思ったのです。
「いいな…。私の傍にも、あんな人がいてくたら…」
そしたら突然 羽が抜け始め、飛べなくなり、
気付いてみれば、その存在ごと消えかけている所だったのです。
 
そして、その時 現れたのが彼でした。

街の恋人達を羨ましく思う気持ちに目覚めてしまったがために
天使としての姿を消され始めている彼女。
 
それでも愛が欲しいと願う彼女は、
「姿が消えてしまってもいい。わたしを愛してください」と 彼にお願いしました。
そして彼は、あの男の警告も聞かずに…「愛してるよ」と、彼女に告げてしまったのです。
 
すると、甦生を拒み、時を迎えた彼女は消えてしまいます。
「消えてしまっても、わたしはあなたの傍に ずっといます…」と、そう言い残して。
 
それ以来というもの、彼は彼女を思うあまりに憂鬱な日々を送り続けました。
そして、ある日、ふらりと出た車道で、事故にあってしまったのです。
しかし彼は無事でした。

けれど、病院で看病する母親が自宅に戻り、着替えを取りに彼の部屋へ入ってみると、
彼の部屋には 何冊も積まれた悪魔についての本が…。

彼女が消えてしまった後。実は彼、あの男を探し当て、聞き出していたのです。
彼女と再び会う方法を…。

だから言っただろう…。と言いつつも、続けて男は彼に話ました。
天使が愛に目覚めた時、その存在は消されてしまう。
しかし、消えてしまう前に誰かに愛される事が出来たなら…
その天使を愛した男が…求めたなら…
その存在は天から落ちた悪魔として蘇る…と。

病院のベッドで目覚めた彼は、自分の横で泣き続ける彼女と再会する事が出来ました。
しかし…彼女と会話する彼を傍目から見る人々は皆、彼を避けるようになったのです。
 
専門家は言いました。
『十分な愛を得られないと感じた人間が 理想の恋愛を求めるあまりに、
  自分の中に架空の恋人を作る事がある…』

『彼らは幻を見ているのだ…』 …と。

 
 
だから…
 
逃げてください…逃げてください…。
 
わたしの肩には触れずに
 
あなただけは… 
 
どうか…。
 
 
 
わたしは ただの…幻なのだから…。


『Angel Syndrome』
-Outside-
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